Here I Am

ごめんよ、体君。

丁度一年前くらいに原因不明で痛めてた左肩、
左手で何か物を持つ度に激痛が走り力が抜けてしまうという代物なんでございますが、
そのまま放っておいたら知らないうちに自然に直っていました。
小学校の時から、どんな怪我をしても保健室や病院には絶対行かない、行くものかー、という思考を持っていた僕の性格上、痛みがあっても「筋肉痛と同じ、自然に直るでしょう」というのが僕にとって当たり前です。実際今まで、それで平気でした。
でもでも、
21歳はもう若くない(?)、今日、柔道をしてその痛みが再発してしまいました。左腕に力が入りません。丁度一年前のと同じ痛みでございます。
今までの僕のやり方、筋肉痛には相当の運動をもって対処する、痛みには我慢をもって対処する、それらは更なる厳しい条件に耐えられる体を作る為だったのですが、
も・し・か・し・た・ら、誤りだったのかなぁと今更感じています。
僕の体は今何を思ってるのでしょうか。

そこで、ちょっと「体」に話しかけてみました。。。
僕「大丈夫かい?」
体「・・・」
僕「今までごめんよ、君の事をひどく扱ってしまって、これからは気をつけ  るから」
体「・・・いやぁ、正直きつかったよ、思い返せば悪夢の日々、、、いくら  叫んでも、「働け」としか言わないんだもの、アンタ。この代償は相当  なもんだぜ、ダンナ。」
僕「は、はい、すみませんでしたm(__)m!!」
体「すみませんで済んだらドラえもん博士号なんて要らないんだよ、えェ?  」
僕「す、すみません! あっ、で、では僕に何ができるのでしょうか?」
体「そんな簡単な事も分からないのかぁ?」
僕「何でしょうか?教えて頂けますか?」
体「あのなぁ、愛だよ、愛。ほんの少しでいいんだよ、愛をこっちにも分け  てくれ・・・」
僕「・・・」

そうなんです、思い出しました。そういえば、僕は昔から周りを大切にしてきたけれど、自分自身は全く大切にはしませんでした。僕の事をよく知ってる人は御存知だと思います。いわゆる、自分を愛さないという事。その問題は過去にすでに改善できたものと思っていましたが、まだまだ、愛する必要性があったようです。体の一つ一つのどんな小さな器官でさえ無くてはならないと教えられたキリストの言葉を直接的に痛く思い出させられています。
体君は痛みを負って、それでも僕の言葉に従い忠実に働き続けていました。本当は辛かったろうに、辞めたかったろうに。。。「ごめんよ、体君、僕は君がいないと生きていけなかった、それに気付かずにいて、ごめんよ・・・。これからは君の事を愛してもっと大切にすると約束するよ。だからこれからも僕の事をずっと助けていてほしい、僕には君が必要だから。」
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by kirk_gleam | 2005-02-10 16:48 | ハト派
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