Here I Am

「夢証」

のいるアイオワシティは小さな街だけれど、小さな丘に登ってみると、優しく光る夜景が見える所がある。それはいつも僕の心を懐かしい気持ちにしてくれる。
僕が小学生の時、東京の中野区に住んでいて、その家からは新宿の高層ビルが遠くに並んで見えた。ちょうど新都庁舎を建設していて、僕は毎日学校から急いで帰ってきては「どこまで階が増えたかな??」と興味津々になって眺めていた。夜になったら、遠くで静かに光っている景色をボーっと見つめていた事もあったっけ。今、あの家はないけれど、僕の記憶の中にその景色が今でも鮮明に残っている。あの家はどんな住宅情報会社も知らない僕だけの秘密スポットだった。
大きな画用紙を見つけては「自分の将来の家」や橋やビルの設計図を描いていた、僕の少年時代。
あの頃、野球の選手、そして建築家や土木工学士になるのが僕の将来の夢だった。中学生の時に、東京湾横断道路に憧れて、僕の夢は「橋を建てる事」に一点集中した。橋の無い所に橋を架けるという事は、誰かの役に立つ事であり、なによりもそのミッションが僕にとって格好良かった。高校の時に理系に進み、目指す大学も決まって、将来を思うとわくわくしていた。

校2年生の時に、神様に心を触れられた。僕は何を思ったか「牧師になりたい」と思うようになった。僕の少年時代に一番なりたくないものが「牧師」であったのに、神様の為だったら、僕の夢さえも諦めるしかなかった。その後、人と出会う中で、人の心の痛みと、癒しを知るようになった。人の心に触れる度に、特にノンクリスチャンと話す中で、「主の愛」の欠乏と必要性を感じていた。主の愛を伝える、人の心に優しい伝道者になろう、それが新たな夢になった。

近になって、僕の夢は以前と決して変わっていなかった事に気付き、驚かされた。
これが今も同じ夢であり、僕の切なる願いである。

「神様の為に役立ち、喜ばれる、
『人の心とイエス様をつなぐ架け橋』を建てたい」


神様がちゃんと僕の願いを知っていてくださり、主の御心の時に僕のさらに格好いい夢が叶う事を楽しみにしている。
c0019000_639281.jpg
もうあの家はなくとも、目を閉じればいつでも心の中できれいな夜景を見る事ができる。一度諦めかけた夢も、実はさらに大きくなって僕は今持っている。過ぎ去る時の中で、失う物や見えなくなるものがあるかもしれないけれど、神様は常にしっかり僕を見て、知っていてくださる。
小さなアイオワシティの夜景から、そんな恵みを思い出した最近です。
[PR]

by kirk_gleam | 2005-02-04 15:40 | ハト派
<< I AM HEALTHY あらら >>