Here I Am

HURT

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先日、Johnny Cashの「Hurt」という曲のPVを観て、えらく感動しました。
ジョニーキャッシュは、エルビスプレスリーとボブディランの間の世代で、カントリーの大御所ミュージシャンとしてその名を世界に知らしめたわけですが、彼が亡くなる前の02年、彼は最後の傑作をこの世に残しました。それがこの「Hurt」という曲のPV。「Hurt」は『歴代最優秀ビデオ・トップ20』という企画で1位にも選ばれ、グラミーで賞も取り、Johnny Cashの集大成が描かれているように僕は感じました。

この曲、何が凄いかって、敬虔なクリスチャンであった彼が歌った「Hurt」は、非クリスチャン的なバンド"Nine Inch Nails"のオリジナル曲をカヴァーしたもので、歌詞をそのまま使っちゃっている所なんです。歌詞を見る限り、もしもNine Inchが歌ったのならば、それはそれで虚しいだけの曲にしか聞こえないかもしれません。でもJohnny Cashが歌う「Hurt」には希望と、「生」に対する強いメッセージが込められ、彼の人生そのものを歌っているように捉えられます。過去の彼自身の地位、名声、栄華、空虚、失敗、そして後悔を走馬灯のように振り返り、「人生の中で本当に大切なもの」を訴えかけているようです。

人間、年をとって成長すると、過去の未熟である自分の愚かさや間違いを露に感じ、「Hurt」の歌詞の中にあるように「if I could start again」と、後悔するような事があるのかもしれません。僕自身も未だ成長中の半人前な者でありますが、近い過去にさえ、思いだす度に世間知らずだった己に恥ずかしくなったりする事があります。その数々の失敗の裏で、未熟な僕の為に誰かが代わりに責任を被ったり、誰かの忍耐や寛容さ、そんな愛があった故に今の僕があり、これからの僕がある、という事に気付かされました。結局人は誰かに頼って生き、成長していく、その究極的な一つの答えをJohnny Cashの「Hurt」によって改めて教わりました。

僕はJohnny Cashの人生について、何を知っているわけでもありません。でも、同じクリスチャンとして、また、人生の中でたまに傷「Hurt」を負う者として、彼がPVを通して伝えたい事の少しでも解りました。観れば観る程、色んな意味で捉えられる事ができ、そのどれもが彼のメッセージであるような気がします。音も映像もキャストも完璧すぎるくらい、瞬きも許されない綿密な美しさ、そんな中に静かながら強い、彼のメッセージが込められています。






→PVはここから  画面一杯にして観てください。

「Hurt」

I hurt myself today to see if I still feel
I focus on the pain the only thing that's real
the needle tears a hole the old familiar sting
try to kill it all away but I remember everything

what have I become? my sweetest friend
everyone I know goes away in the end
and you could have it all my empire of dirt
I will let you down I will make you hurt

I wear this crown of thorns upon my liar's chair
full of broken thoughts I cannot repair
beneath the stains of time the feelings disappear
you are someone else I am still right here

if I could start again a million miles away
I would keep myself I would find a way
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by kirk_gleam | 2006-07-13 17:12 | ハト派
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